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長崎を守る!日常生活支援戦隊ダイエイちゃん(=゚ω゚)ノ 環境マネジメントシステムISO14001認証取得により国際標準規格の安心をふるさと長崎市の皆様方にお届けします!
 
 

長崎の盆 夏の夜を彩る精霊流し ダイエイの超高級精霊船「極楽丸」は長崎の歴史と文化を継承し後世に伝えます。
荘厳かつ気品に満ちたダイエイ精霊船製作所の極楽丸は、完全オーダーメイドでの製作販売となりますのでご注文はお早めにお願い申し上げます。
※ダイエイが製作販売する精霊船は、通常他店で市販される精霊船とは部材および細部の仕様まで異なります。
 

★毎週木曜よる9:00放送中★秘密の県民SHOW『辞令は突然に・・・』にダイエイ精霊船製作所は取材協力しました。
★ダイエイ精霊船製作所は長崎が誇る小説家:青来有一原作の長崎市を舞台とした映画「爆心」の撮影のために取材協力中です。
 
【精霊流しの豆知識】精霊船の由来
精霊船の由来にはいくつかの説があるそうです。長崎辞典風俗文化編(長崎文献社)によると、「享保(1716〜1735)のころ、中島聖堂の学頭をしていて、
のち幕府の天文方をした蘆草拙(ろそうせつ)という儒者が市民が精霊物を菰包みで流しているのを、これはあまりにも霊に対し失礼だというので藁で
小船を作ってこれに乗せて流したという記録がある。」これとは別に、「長崎名勝図絵という本には、享保のころ、物好きな男が小船を作って供え物を
積んで流した、と記されてある。」ほかにも「瓊浦通という古書には、ろそうせつのことを書き、その末尾に唐人の彩舟流し(さいしゅうながし)から
きたものだろう。」や「長崎市史風土編には古賀十二郎翁の弘誓の船より思いついたものであろう。」など、実に様々な説があるようですが、
精霊流しという形の成立は江戸享保年間に成立したということは間違いなさそうですます。この数百年続く文化と伝統を後世に残すことも私たち
ダイエイの使命です。
 

精霊船のオーダーメイド製作にて毎年3隻限定製作販売
ダイエイが製作販売する厳選素材・高級仕様の極楽丸は、焼き杉板と杉生葉をふんだんに使い、気品溢れる船体は、黄金比により計算し尽くした船体が
最も美しく見える2間(3.6m)提灯が片側10個がならぶ荘厳な佇まいの全長8mものオーダーメイド大型の精霊船でございます。
長崎市内の各ご家庭から大波止までの長距離巡行を想定した設計により、車輪8輪方式(みよし加重分散型)を標準採用することで女性でも取り回し
可能です。また、ダイエイ建設事業部の職人による建築物であるため、部材のすべてが建築用の高強度材を使用しています。
※余談ですが、大波止の精霊船廃棄場所で、精霊船を解体する重機が破砕出来なかったという逸話をもつ程の高剛性を備えております。
故人を偲び、職人が一隻一隻丹精込めて造り上げる至高の逸品「高級和風精霊船 極楽丸」を是非お求めくださいませ。
ご注文時の打合せから工場での製作進捗状況報告・納品まで専属外商担当者が対応いたします。更には、提灯やハッピ等のご注文もダイエイが
ご対応します。急な追加や変更時にも随時対応することはもちろんのこと警察署への道路使用許可等の申請まで対応いたします。
高齢者のお客さまや県外在住のお客さま方に大変喜ばれるダイエイならではの安心お任せサービスにございます。
 
【精霊流しの豆知識】盆(長崎ではお盆とは呼ばない)
その昔、長崎の名物といえば、ぶらぶら節にもございますように「はたあげ」「盆まつり」「くんち」が有名です。
長崎辞典風俗文化編(長崎文献社)によると、「元来、盂蘭盆は先祖の霊を倒懸の苦から抜け出させるためのまつりであるが、長崎の盆は先祖や親族の
精霊が十万億土のあの世から旧七月(新八月)の十三日に、わが家へ帰って来て、十五日にまた冥土へ引返すのをあたかも生きている人間に対する如く
歓待するという情緒に満ちた行事として伝承されている。その中で、十三日、十四日の墓所の点灯の夜景や十五日の精霊流しの豪華で詩情に満ちた
雰囲気が各国、各地の人々の目を見張らせたことから有名になった。」と記されています。
 

超高級精霊船「極楽丸」の製作過程を完全公開!!
全工程に職人の技が冴える仕事は“質”が違います。

@船体の製作状況
各部材を見れば強度は一目瞭然
Aみよしの取付状況
この角度が精霊船の気品を決めるカギ
Bみよしの取付完了
飾付を前に早くも風格を感じさせる船体
C細部の取付状況
竹の節まで揃える職人の仕事に一切の妥協なし
 
【精霊流しの豆知識】精霊流しとは?
今日の精霊流しは、事故防止の観点から当局の規制により精霊船の大きさ(長さや高さ)をはじめ終了時間等が定められていますが、その昔の精霊流船は
実にユニークであったようで、長崎辞典風俗文化編(長崎文献社)によると、「昔は十六日の午前二時、正八ッ時の鐘を合図に始まり終夜陸続として
流れ、明け方に終わった。昭和初期は陽暦七月十五日夜九時十時ころに始まり十二時くらいに終了する筈だったが、たいてい、十二時を過ぎないことは
なかった。」と、実にスケールの大きい勇壮なまつりだったようです。また、江戸時代の精霊船のことを「長崎名勝図絵によれば「予め、竹を撓めて舟形を作り(本物に近い和船の形)麦わら、菰を以て包み込む。これは海に浮かんだ時に潮水がはいらないようにするのである。また帆柱を立てる。
帆は白い紙を用いる。これに、極楽丸、西方丸、弘誓丸、浄土丸などの船名あるいは南無阿弥陀仏又は南無妙法蓮華経など宗旨に従って大きく書き
入れる。(阿弥陀如来像などを書き入れることは記されていない。)四更(午前二時から四時まで)の鐘を合図に精霊に供える三番茶が献じられる。」
以上寛政から幕末くらいまでの精霊流しの出発前の情景である。」と記されており、今日の精霊船と大きな違いはないものの仏教の作法に則った
宗教儀式要素が強いものであったようです。
その証拠に「これを送る途中、双盤をたたき鉦を鳴らし同音に仏名を唱う。」という記載もあります。
 

D手すりの取付完了
家族みんなが手を添えられるように
E船体の製作完了
ここまで来ると精霊船の形に
Fみよしの飾付状況
今年からは障害者も参加する作業となりました
G屋根の飾付状況
こちらも障害者も参加する作業となりました
 
【精霊流しの豆知識】謎の掛け声「ちゃんこん ちゃんこん どーいどい」
「ちゃんこん ちゃんこん どーいどい」実はこれ長崎の精霊流しの道中での掛け声なのですが、正直なところ一体何を言ってるのかよくわかりません。
長崎辞典風俗文化編(長崎文献社)によると、「船を流すときの道中の掛け声は地蔵祭りの鉦の打ち方に習って、鉦をうち、南無阿弥陀仏の六字の名号
を大声で唱えた。しかし、これが訛ったり詰まったりして、しかも大声で叫ぶのに都合のよいように、ナムアミダブツからナンマイダー、ナンマイダーが
ナンブアイダー、もっと詰まって、ナーイダイ、しまいには終わりのほうだけ生かして、ダーイダーイ、これが訛りに訛ってドーイドーイにまで
転訛した。」と記されてあり本当に訳のわからない掛け声だったわけです。因みに昔は宗旨によって掛け声は違っていたそうで「日蓮宗など、
うちわ太鼓をたたいて、南無妙法蓮華経の七字の題目を唱えることもあった。」そうですが今日では宗派を越えてドーイドーイに統一されています。
また、ちゃんこんちゃんこんは鉦の音を表現したものです。ほかにも驚きなのが「昔は、銅鑼、太鼓、三味線、胡弓、月琴、笛、ラッパ、チャルメラ、
四ッ竹、擦り合わせ銅鑼などではやしたてたこともあったという。」と、まるでくんちのような流石は長崎人と感服するちゃんぽん文化ですね。
 

Hみよしの飾付完了
電気配線後にみよしのふたを入れると締まります
I出荷準備完了
あとは精霊流し当日を待つだけ
J精霊船の出荷積込状況
重機運搬車のウインチで巻き上げます
K精霊船の出荷積込完了
いよいよ船主様の所へ出発です!!
 
【精霊流しの豆知識】精霊船の形
 ダイエイの精霊船「極楽丸」は、黄金比により計算された三角形の組み合わせで最も船体が美しく見えるように造られていますが昔の船の形は
どのようなものであったのか?長崎辞典風俗文化編(長崎文献社)を見てみると、「精霊船は仕立てる町内場所によってそれぞれの特色をもっている。
例えば、丸山は花街なので屋形船型で軒先には串刺し灯籠や雪洞(ぼんぼり)を多く吊し、昔は、太鼓、三味線の囃子入りでにぎやかに流した。
大黒町の船は赤紙で周囲を張った龍頭船。本籠町は白提灯を数十個つないで竜踊りを表現していた。西坂などはペーロンの太鼓、銅鑼をはやし
二〇メートル余りのペーロン型精霊船を流したことがある。」と記されており今日の精霊船にも負けないバイタリティあふれる船が流されていた
ようです。しかし、市松模様の屋根や屋形船式の船は、特殊な場所から出た特殊な船であることから、それに適合しない地域で出すのは大変おかしい
ことだったようです。
江戸時代の精霊船は竹で船の形を作り麦わらであんだ一メートル弱から一メートル五〇センチほどの藁船が主流でこの船は今日でも販売されています。
ほかにも中船(ちゅうぶね)とよばれる三メートル強から六メートルくらいまでの船や大船(おおぶね)とよばれる一〇メートル以上からなんと驚く
ことに五〇メートルをゆうに超え、帆の高さも一〇メートルに達する精霊船が流されていたそうです。
 

L精霊船の納品状況
船主様のご指定場所へお届けします
M精霊船の納品状況
現地で提灯や帆絵を取付ていよいよ引き渡し
N精霊船の納品状況
とも藁もきれいに化粧直し
O精霊船の納品完了
気品あふれる極楽丸に大満足頂きました
 
【精霊流しの豆知識】精霊流し行列や花火のこと
精霊流しの行列にもきちんとした順番があります。一番先頭に印灯籠、二番目に鉦、三番目に遺族と家族、四番目に道中清めの爆竹係り、そして精霊船。
その中でも気になることといえば爆竹をはじめとした花火ですね。なんと驚くことに長崎では盆の三日間の花火の消費量は三億円を超えるという事実!!
その花火のエピソードについて長崎辞典風俗文化編(長崎文献社)を見てみると、「江戸時代から花火の取締りは厳しく行われてきた。
その取締りの理由は神聖な墓地で騒ぐとは何事かということで、幕府の倹約令とも相応じたものであった。もっとも安政二年には、「鉄砲薬相用い竹筒
などにて砲声にまぎらわしい音を立てるなどしてはならぬ。」という訓令が出ている。墓所に於ける点灯の時間は、天保十三年(一八四二)に午後六時
から八時までと規制されたが、これは、墓所での宴会や花火遊びなどの大騒ぎもひっくるめての規制であった。」と、記されてあり、当時度重なる規制
や取締りにもかかわらず、余りお上のいうことも聞かず長崎市民は墓所でどんちゃん騒ぎを繰り返していたようです。
今となっては当たり前となった墓所の花火の意外な話でした。
 
 
 
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