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長崎を洗濯致したく候〜ダイエイは長崎の歴史・文化を守り、次の世代へ継承します。
ながさき歴史散策は、ダイエイが長崎学研究家の宮川雅一先生の許可を得て過去の作品を定期的に掲載しています。
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第1回連載 明治天皇と西郷隆盛の来崎
 
第2回連載 坂本龍馬と長崎
 
第3回連載 長崎奉行・松平図書頭康平のこと
 
第4回連載 長崎と坂本龍馬に深く関わった
薩摩藩家老・小松帯刀
 
第5回連載 斎藤茂吉と長崎
 
第6回連載 福澤諭吉と長崎
 
第7回連載 女傑の茶商人・大浦お慶はねずみ年生まれ
 
第8回連載 姿三四郎のモデル 柔道家・
西郷四郎
 
第9回連載 明治期・長崎における産業経済界の大恩人・リンガー
 
第10回連載 長崎水産業界の恩人・倉場富三郎
 
NHK大河「ドラマ龍馬伝」応援企画@
三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の初来崎
 
NHK大河「ドラマ龍馬伝」応援企画A
龍馬も出入りした土佐商会を作り高島炭鉱を経営
した後藤象二郎
 連載第8回 姿三四郎のモデル 柔道家・西郷四郎
 
 
  長崎公園にある長崎市立諏訪体育館の前に、柔道家・西郷四郎の顕彰碑がある。昭和44年に長崎県柔道協会が建立したもので、その師である講道館師範・嘉納治五郎の西郷追悼文が刻まれている。
なお、すぐ近くの同公園内には、幕臣で明治天皇の侍従を務めた剣道の達人・山岡鉄舟 (1836〜1888)と、平戸藩士で同じく剣道に秀でた篭手田安定(1840〜1899)を顕彰する明治34年建立の「別格二君之碑」もある。

  諏訪体育館の前身は、明治40年に創設された武徳殿で、西郷はここで柔道の指導をした。有栖川宮威仁親王を中心とした武徳殿竣工式の記念写真が残っているが、そのなかには荒川義太郎長崎県知事、倉場富三郎などとともに西郷の姿も見られる。

  西郷四郎は、慶応2年(1866)2月4日、会津藩士・志田定二カの三男として、会津若松に生まれた。会津戦争混乱の中、越後国蒲原郡角嶋村(現・新潟県東蒲原郡阿賀町)に逃れ、その地にできた津川小学校に学び、そこの代用教員を務める。明治15年、17歳のときに上京して創立早々の講道館に入門し、翌年には加納治五郎の代稽古を務め、講道館初の初段となる。
同17年、旧会津藩家老・保科近悳(西郷頼母)の養子となり、保科四郎と改称する。同19年、5段に昇進。
富田常雄の小説「姿三四郎」のクライマックスにもなるが、警視庁武術大会で照島太郎を「山嵐」で倒し、勇名を挙げる。同21年、西郷家を再興し西郷四郎となる。

  明治35年・37歳、同郷の鈴木力(天眼・1867〜1926)が、長崎で「東洋日の出新聞」を創刊するに際し、編集責任者となる。同37年、瓊浦遊泳協会(現・長崎遊泳協会)が発足、理事に名を連ねるなど、以後、長崎にあって新聞人、また体育界の指導者として大活躍する。なかでも、明治44年の辛亥革命に際し、記者として中国に渡り、「武漢観戦通信」を東洋日の出新聞に連載して、革命軍を応援したことが特筆される。
  また、大正3年と同5年には、有明海横断遠泳の監督・顧問として、その実現と成功に主導的役割を果たした。
このほかにも、明治・大正の長崎に、数々の武勇伝やエピソードを残し、孫文来崎時等、種々の記念写真の中に、その独特の風貌を探し出すことができる。

  大正9年に尾道に転居。同11年12月22日、同地で死去した。享年57。翌年・1月14日には、講道館より6段を追贈され、4月7日、長崎の寺町・晧台寺で、東洋日の出新聞社葬として、盛大な葬儀が執り行われた。
遺骨は、大光寺(現・鍛冶屋町)にある妻・チカの実家・中川家(料亭「まねき」経営者)の墓に埋葬。昭和44年、長崎柔道協会が前記体育館前の顕彰碑とともに、ここ大光寺に墓碑「西郷四郎之墓」を建立した。
近くには、近代活版印刷の祖・本木昌造の墓(長崎市指定有形文化財)もある。

                                                   長崎都市経営研究所所長
                                                   長崎学研究家 宮川 雅一
 
<プロフィール>
宮川 雅一 (みやがわ まさかず)
昭和 9年生れ
長崎市に生れ勝山国民学校→長崎中学校(新制)→長崎東高等学校を経て
昭和32年 東京大学法学部卒
昭和54年 長崎市助役
昭和62年 長崎都市経営研究所所長
著書には「長崎散策〜歌碑歌跡を訪ねて」・「斉藤茂吉の歌碑歌跡を訪ねて」・「向井去来の句碑足跡を訪ねて」などがある。
近年は、学さるくをはじめ文化継承活動にも精力的に活動なされている。
 
 
 
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